近視進行抑制治療

近視について」のコラムで、人類と近視との歩みについてご説明してきました。
このコラムでは、どんどん増加する近視に対して、どう抑制するかという近視進行抑制治療をテーマにご説明します。
>>【コラム】近視について

子ども達の目を守るための近視進行抑制治療

現代の小学生を対象にした調査では76.5%、中学生に至っては94.9%に近視があることが分かっています [四倉, 2019]。近くを見るのに適した近視も、あまり強度になってきますと問題が発生します。あまり強度の近視になりますと、眼球が前後に伸びすぎて壁も薄くなりすぎ、網膜剥離や近視性黄斑症、近視性脈絡膜新生血管症などの失明があり得る状態となってしまいます [Mimura R, Mori K, et al., 2019]
 [Haarman AEG, Enthoven CA, et al., 2020]。そういった事情から、近年ではいかに近視の進行を抑制するかということに着目した研究も多くなされるようになりました。

近視が眼軸長の異常な成長で有る限り、いかに早い段階で成長の邪魔をするかが鍵となってきます。と言っても後述するようなコンタクトレンズ等が赤ん坊に対しては不可能ですので、実現可能な順に論じてみたいと思います。

屋外活動

2008年、近見作業が長くとも屋外活動が長ければ近視が進行しにくいことが発表されました [Rose KA, Morgan IG, et al., 2008]。昔から俗に言う『本の虫』よりも、屋外で遊んでいる子どもの方には眼鏡が少なかったのですが、近くばかり見ているから悪くなったのだ、という程度にしか理解されていませんでした。ところがこの報告によれば、近くを見続けることよりも屋外にいないことが問題だということになります。2018年の報告によれば、週に200分以上の屋外活動だけでも近視進行抑制効果が認められたとのことです[Wu PC, Chen CT, et al., 2018]。

日光の何が良いのかは今後の研究を待たねばなりませんが、少なくともひとつ言えることは波長の短い光(バイオレットライト)が近視進行抑制に有効だということです。ブルーライトやバイオレットライトは物を見るための神経である網膜に有害だとして、眼鏡や家庭の窓ガラスではカットされる仕組みになっていることが多いでものです。しかし紫外線(波長:10~380nm)をカットしつつもバイオレット光(波長:360~400 nm)を透過する眼鏡を装用すると、21%の近視進行抑制効果があったという報告があり [Mori K, Torii, H, et al., 2021]、なぜ太陽光が近視進行を抑制するのかという問いに対する、ひとつの答えのように思われます。

>>屋外活動について

20-20-20ルール

20-20-20ルールとは、米国眼科学会で推奨されている目の休憩方法です。読書やコンピュータ作業などの近見作業の際には、20分ごとに休憩し、20フィート(約6メートル)離れたものを20秒間見るというものです。眼精疲労も近視を進行させると考えられており(関係なかったとする報告もあります)、連続して近くを見る作業は眼精疲労を起こしやすい条件です。ピント合わせをしている筋肉(毛様体)が働き続けて、筋肉のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が枯渇した結果、ATPの再合成や産生の不足などのために眼精疲労は起こります。筋肉は脱力しているとき(目の場合は十分遠くを見ているとき)に疲労回復しますので、こまめな休憩が疲労を予防することになります [Talens-Estarelles C, Cerviño, A, et al., 2022]。

レッドライト治療法

10年ほど前から中国で行われている治療法で、波長650nmの赤色光を朝に3分、夜に3分見続けることで近視の進行抑制効果を得るというものです。治療を75%以上守ってきちんと実施してくれた場合には、87.7%もの近視抑制効果があったと報告されています [Jiang Y, Zhu Z, et al., 2022]。近年では東京医科歯科大学の先端近視センターにて、8~18歳の小児の強度近視患者さんを対象にした特定臨床研究が行われています。ただしまれに網膜障害が出ることもありますので、専門医の入念なチェックが必要です。また、本邦に於ける長期経過の結果も存在しないことに注意が必要と思われます。

>>レッドライト治療法について

低濃度アトロピン点眼

アトロピン点眼が近視進行抑制に働くことは古くから知られていましたが、点眼すると瞳孔が1週間ほど開いてしまい(散瞳)、眩しい・ぼやける・手元が見えないという状況になり生活出来なくなってしまいますが、2012年に0.01%という低濃度でも近視進行抑制効果があることが報告されました [Chia A, Chua WH, et al., 2012]。濃度が高ければ効果も高いことは分かっているのですが、散瞳を生じさせない範囲での濃度(0.01%~0.025%)で治療が現在行われています。

クロセチン

クロセチンは、クチナシの果実やサフランに含まれる黄色の天然色素で、強い抗酸化力を持つβ-カロテンの一種です。睡眠の質を高めたり、肌のシミ・くすみを改善する効果があるとして販売されているサプリメントです。慶應義塾大学や大阪大学、ロート製薬の研究グループにより、このクロセチンが小児の近視化を有意に抑制することが報告されました [Mori K, Torii H, et al., 2019]。7.5mg/日の内服により、眼軸長は14%、屈折変化は20%抑制したとの結果が得られています。

オルソケラトロジー

300年ほど前、中国で就寝時に砂袋を目の上に置いておくと、近視が改善するという現象が知られていました。その後1950年代にハードコンタクトレンズが登場しましたが、レンズの装用により角膜が平坦化すれば近視が改善できることが分かり、1960年代になってから近視矯正用オルソケラトロジーの歴史は始まります。簡単に言えば、自分の目の度数を一時的に変えてしまう方法で、1日1回はオルソ-Kレンズを装用しないと徐々に戻ってしまいますが、日中を裸眼で過ごせるためにスポーツ中の矯正方法として発展してきました。レーシックやICLなどとは異なり、手術を必要としないため、必要がなくなれば元に戻せることが利点です。アメリカでは2000年代に製造・販売が始まりましたが、日本では2009年に厚生労働省から認可されました。2011年には筑波大学の研究により、眼軸長抑制効果(近視進行抑制効果)が確認され [Kakita T, Hiraoka T, et al., 2011]、その後様々な研究グループから続々と報告がなされており、その抑制効果は30~60%となっています。近年では先述した、低濃度アトロピン点眼との併用がより効果を高めるとする報告もなされています[Kinoshita N, Konno Y, et al., 2020]。

>>オルソケラトロジー治療について

多焦点ソフトコンタクトレンズ

多焦点ソフトコンタクトレンズは本来、老眼のために開発されたソフトコンタクトレンズで、遠くから近くまで焦点が合うようにデザインされているものです。なぜこれが近視進行抑制効果を示すのか、具体的なメカニズムはよく分かっていません。先述のオルソケラトロジーに匹敵する抑制効果があったとする報告もありますが [Walline JJ, Greiner KL, et al., 2013]、日中の装用を必要とするため自己管理が可能な年齢になるまでの使用は困難です。

近視進行抑制治療まとめ

私が子どもの頃には近視の予防として「ゲームをするな」くらいしか言われず、具体的なメカニズムもよく分かっておらず迷信が一人歩きしているような状況でした。ゲームをするより外で遊ぶことも多く、結果として日光をよく浴び、遠くを見る機会にも恵まれ、強度な近視になってしまう同級生は少なかったと記憶しています。しかし現代では小学校ですら当たり前のようにタブレットが配られ、外で遊べば狭量な大人達に「五月蠅い」と罵られ、子ども達を取り巻く環境は益々、重度の近視化を招く形となってしまっています。今、子ども達の目を守るために出来ることとして、多くの研究者が出してきた成果を近視進行抑制治療としてご紹介申し上げました。このような社会を形成してしまった責任のある大人の一人として、子ども達の一助となれば幸いです。

引用文献

Chia A, Chua WH, et al. (2012). Atropine for the Treatment of Childhood Myopia: Safety and Efficacy of 0.5%, 0.1%, and 0.01% Doses (Atropine for the Treatment of Myopia 2). Ophthalmology 119.

Haarman AEG, Enthoven CA, et al. (2020). The Complications of Myopia: A Review and Meta-Analysis. Investigative Ophthalmology & Visual Science 61.

Jiang Y, Zhu Z, et al. (2022). Effect of Repeated Low-Level Red-Light Therapy for Myopia Control in Children. Ophthalmology 129.

Kakita T, Hiraoka T, et al. (2011). Influence of Overnight Orthokeratology on Axial Elongation in Childhood Myopia. Invest. Ophthalmol. Vis Sci. 2011, Vol.52, 2170-2174.

Kinoshita N, Konno Y, et al. (2020). Efficacy of combined orthokeratology and 0.01% atropine solution for slowing axial elongation in children with myopia: a 2-year randomised trial. Sci. Rep. 10, 12750.

Mimura R, Mori K, et al. (2019). Ultra-Widefield Retinal Imaging for Analyzing the Association Between Types of Pathological Myopia and Posterior Staphyloma. Keio University, Department of Ophthalmology. Journal of Clinical Medicine 8.

Miyake M, Tabara, Y, et al. (2015). Identification of myopia-associated WNT7B polymorphisms provides insights into the mechanism underlying the development of myopia. Nature Communications 6.

Mori K, Torii H, et al. (2019). The Effect of Dietary Supplementation of Crocetin for Myopia Control in Children: A Randomized Clinical Trial. J. Clin. Med. 8(8), 1179.

Mori K, Torii, H, et al. (2021). Effect of Violet Light-Transmitting Eyeglasses on Axial Elongation in Myopic Children: A Randomized Controlled Trial. Journal of Clinical Medicine 10.

Rose KA, Morgan IG, et al. (2008). Outdoor Activity Reduces the Prevalence of Myopia in Children. Ophthalmology 115.

Talens-Estarelles C, Cerviño, A, et al. (2022). The effects of breaks on digital eye strain, dry eye and binocular vision: Testing the 20-20-20 rule. Contact Lens and Anterior Eye 46(2).

Walline JJ, Greiner KL, et al. (2013). Multifocal Contact Lens Myopia Control. Optom. Vis. Sci. 90, 1207-1214.

Wu PC, Chen CT, et al. (2018). Myopia Prevention and Outdoor Light Intensity in a School-Based Cluster Randomized Trial. Ophthalmology 125.

四倉 絵里沙. (2019). 近視と高次収差とドライアイ. 慶應義塾大学, 医学部. 視覚の科学.